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文学者の戦争責任

1 :日出づる処の名無し:05/03/04 00:15:16 ID:YZ7N175a
戦争が終わると、時局に迎合したとして、多数の文学者が糾弾を受けた。
東京裁判の文学版を行ったのは、共産党系文学者を含む戦後デビューの評論家たちだった。


2 :日出づる処の名無し:05/03/04 00:16:57 ID:IVE/uAbb
オンナハカチク

3 :日出づる処の名無し:05/03/04 00:21:25 ID:eoAtpwln
9.17以降、物書きの類にはずいぶんと幻滅させられたな。

いまや、本書くだけじゃなく「コメンテーター」でもあらせられる
連中なんて、わざわざ気にする対象でもなくなった。ほっとけ。

4 :日出づる処の名無し:05/03/04 00:22:53 ID:YZ7N175a
真珠湾空襲の報に接した詩人は、その感動を作品とした。
その心情はまことに純粋なるものであり、かつ大衆の声を代弁したものであった。

5 :邪馬台国侍 ◆G5PYesuXOc :05/03/04 02:16:35 ID:tuNx8Rbm
>>1
GHQの検閲と言論統制が、アカの戯れ言を大きく後押した事実も見逃せない。

6 :大陸浪人:05/03/04 09:08:01 ID:Na9luHWd
戦後の変節こそ糾弾すべきであろう。

7 :日出づる処の名無し:05/03/04 10:32:34 ID:HipHgDpL
1995年8月号「RONZA」はこれまでの朝日新聞社の出版物とは 思えない特集記事を掲載した。
反戦・反差別の作家(そのうえ、老人かつ女という“弱者”)として朝日 新聞紙上にたびたび登場し、多くの人から
「先生は日本の宝です」とまで崇拝されてきた住井すゑが、戦時中に忠君愛国好戦の随筆や 小説を書いていたというのである。

同誌に紹介されているその一部を引用してみよう。
「戦争はありがたい。戦争は価値の標準を正しくしてくれる。そして、 人間の心に等しく豊かさを与えてくれる」
「戦争はありがたい。あり余る物によって却って心を貧しくされがちな人間の弱点を追い払って、真に豊かなものを与えようとしていてくれる」
「やあ、おめでとう。マニラも陥ちたね。いや、愉快だ」
「無敵皇軍。何が いけない? はゝゝゝ無敵皇軍を不穏だなんて言った腰抜野郎、今こそ出て来い。 神国日本は開闢以来無敵なんだ」

何も知らぬ軍国少女の作文ではない。住井すゑがこれらの文章を 書いたのは、四十歳すぎのことだ。
自分が何を書いているか充分承知し ている。
むろん、戦時下であるからには、心ならずもこんな文章を書いた のかもしれない。
しかし、それなら、自由にものを言えるようになった戦後しかるべき反省や釈明があっていいはずだ。
  中略
「ほほほ……。何書いたか、みんな忘れましたね」
「書いたものにいちいち深い責任感じていたら、命がいくらあっても足りませんよ」
これがあの「日本の宝」の発言とは信じがたい気がする。
http://www.geocities.jp/kyohakusanjin/etc/etc.htm

8 :日出づる処の名無し:05/03/04 10:33:33 ID:HipHgDpL
「何書いたか、みんな忘れましたね」
「自分の書いたもので持っているのは、『橋のない川』だけです。これは私の作品だから。
あと書いたものは文筆業で書いているんだから、必ずしも自分の本音を書いたものばかりじゃないから、見るのも嫌ですね」

(「戦時下の自己の文章表現の責任」を問われて)
「書いたこともないし、そういう質問を受けたこともないわね。みんな、生活のために書いてたんだってことを知っていたから。生活のためには、あらゆる思想も得るし、身柄まで売る人もあるんだから」
「いまだから、そういう批判ができるが、あの戦時中の、あの空気の中で、十人が十人とも自分の人間性を貫けるということは無理な話ですよ。そんなもんじゃなかった」
「ものを書く人間は細工する人と同じだから、細工がうまくできたかに気を配っても、それがどう使われるかなんて関心がない」
「みんな、その当時の作家は職人ですね。誰も芸術家であるなんて考えは持ち得なかったですよね。そんなふうに認められちゃいないんだから。職人として頼まれて、みな書いてたわけですよね」

9 :日出づる処の名無し:05/03/04 10:35:10 ID:HipHgDpL
>>8
「……文筆業、だよね。生活のため、そのとき、そのときの都合に合わせて書く。そら、正直なところです。
国家権力には盾突ききれないですよね。だれが私を援護してくれるんですか。だれ一人援護のなかった私一人の責任だけを追及する世間のほうが間違っている、と言いたくなる」

 (翼賛的な作品を書いている時期、つらいものがあったのでは、と訊かれて――)
「商売人ですから、何もないですね。原稿料もらって書く仕事は商品です」
「書いたものにいちいち深い責任感じていたら、命がいくつあっても足りませんよ。文筆業と運動は違う」
「いちいち責任取って腹切るのなら、腹がいくつあっても足りない。文学は宗教と違って、他人を救済するのが目的じゃない」
「戦前も戦後も私は全力投球してる。でもあの時代はね、作家なんて文字の職人だ、と割り切らないと生きていけない。腹立てていたら、自殺するよりないわね」

 (自殺した人間が居たら、それは「ばか」か、と訊かれて――)
「ばかではない。でも、正直すぎて生存競争に敗北するしかないわね。人間としては宝だけど」
http://www.asahi-net.or.jp/%7Ehh5y-szk/onishi/sha101.htm

10 :日出づる処の名無し:05/03/04 13:35:21 ID:Io7sEIiI
>>1
こいつ↓、どうします?

私には還るべき朝鮮が無い(と涙する)


11 :日出づる処の名無し:05/03/04 15:25:30 ID:vJT8aOhE
こういう手の輩を安普請と称したのは、志賀直哉だったか。
そういうのが開き直るとこういう風になるんだね。

12 :日出づる処の名無し:05/03/04 22:25:26 ID:z2dkbETW
>>3
そうですな。
世界貿易センタービル事件以後、もの書きは漠然と反米アピールをしただけだった。
反米なのはそれはそれでいいが、問題は、その時々のトピックスに条件反射してしかものごとを表現できない
みすぼらしさにあるかと。

13 :日出づる処の名無し:05/03/04 22:26:49 ID:5b/GKhhF
戦争責任はなくても、大江健三郎は最低。

14 :日出づる処の名無し:05/03/04 22:31:11 ID:z2dkbETW
>>5
戦争責任追及には2段階があり、ひとつはGHQ時代に共産党員文学者が勝ち誇ったように行った。
もうひとつは昭和30年代に入ってから、その共産党員たちが実はファシズムじみた論述を書き散らして
いたことが暴露された。いまからみれば内ゲバであるが、確かに占領期言論のレールの上での実に醜い経緯である。

15 :日出づる処の名無し:05/03/04 22:35:59 ID:z2dkbETW
>>6
太宰治という徒手空拳で戦後の変節と戦った作家がいたが、滅びた。

16 :日出づる処の名無し:05/03/04 23:35:06 ID:z2dkbETW
>>7
その作家は戦争責任追求側としては名前をみたことがない。
朝日・取材者がなぜ最近になってそういうことを蒸し返したのかしらないが、ただの醜聞趣味にみえる。

17 :日出づる処の名無し:05/03/04 23:49:21 ID:6q+JyFeA
>>16
最近じゃないよ。テレビでもやってたよ。
まぁ、若い記者が偉そうに尋問してるようで厭だったな。それ。

18 :日出づる処の名無し:05/03/05 00:26:49 ID:IWqzpaos
>>17
無知ですまん。
かつての仲間である老作家を貶めてまで部数を伸ばしたかったのか、と感じる。


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