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アジアの人達は植民地解放で日本に感謝している

1 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 16:54:23 ID:qp5fT/s7
タイ人の留学生に聞いたら
そんな話初めて聞いたって。
まったくまた右翼の
でっちあげか。


2 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 16:55:31 ID:VCRuDrYF
★福田赳夫を師匠と仰ぐ小泉総理と、二代目官房長官が仕切る現政権とはなんぞや?
福田赳夫は昭和49年夏に文鮮明を招いてパーティーを開催した。
場所は東京日比谷の帝国ホテル。何百人かの参加者の前で「アジアは今、偉大な指導者
を得ることができました。その指導者こそそこにおられる文鮮明先生です」と。。
ttp://www.chojin.com/history/fukudat.htm
福田は恥も外聞もかなぐり捨てて賛美し、抱擁を繰り返した。「とても見ていられる
光景じゃなかった」と参加者の一人は吐き捨てた。「福田さんはあの時大蔵大臣だった。
その人が文鮮明を『大先生』『偉大な指導者』と持ち上げ、しかも韓国形式の挨拶で抱き
合うわけですよ。出席者の中には、失笑する者がたくさんいました。
そして『福田さんも韓国詣でで狂ったんじゃないか』と声高に言うものもいました」
「韓国詣で」は、自民党と民社党の関係者や国会議員を韓国に招待し、金を渡し、
女性を世話するとい う、洗脳接待のことだ。
 北がやったことと同じことを南でもやっていた。統一協会主催で。

 いま、ほとんどマスコミで詳細な内容が報道されることなく密かに国会に提出されようとしている
人権擁護法案。他にも外国人参政権、憲法改正、、、南北朝鮮による日本への闇の支配は、深く静かに、
しかし確実に進行しつつある。。。


3 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 16:57:21 ID:8mAViE+e
>>1
タイの留学生に聞いたん?そら、聞いたことないやろ?
おまいの国と違って属国にはならなんだからな。

4 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 16:57:42 ID:CVAJDenE
「日本は中国のどこにあるの?」
http://www.web1week.com/column/engawa/
イギリスに住んでみて、気が付かされたのがこの国での日本に対する関心の低さです。
「日本は香港にあるんでしょ」や「日本は中国のどこにあるの?」。
日本人だと言っているのに、その後に「中国のどこから来たの?」といった
質問を昔受けた時は冗談かと思いましたが、そうではないと気が付き唖然としました。
http://www.soccerphile.com/soccerphile/archives/wc2002/fo/co/ksobf.html


5 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 17:01:25 ID:xsN5i2hF
>1
タイは大戦中どこの国にも植民地にされなかった国だぞ
聞くだけ無駄だろ

6 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 17:03:25 ID:NChVgJlq
>>1
タイは植民地じゃないしね

おまえちょっと中学行って勉強し直してこい

7 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 17:06:19 ID:uUrVpdo6
馬鹿まるだし。
はい、終了!

8 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 18:32:35 ID:c0JMSJ0I
>>1
痛いサヨ房だな

タイって一度も植民地になってないから
感謝も何も無いんだよ。

聞くんならマレーシアとか実際に欧米の植民地になってた国の
人に聞いてみろよ。

9 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 18:55:34 ID:2Zf1RoIe
インドネシアのスルヨノさんは中国、韓国の教科書をごらんになってどう思われましたか?

それではここでインドネシアの教科書をみてみましょう。
左側、こちらが原文、右が翻訳です。
ここでは「八紘一宇」の帝国主義的政策にもとづいて日本はその指導下にアジアを
統一しようとしたこと、そのためにアジアの親日感情をつくりだそうとして
太平洋戦争を偉大な東アジアの戦争つまり、「大東亜戦争」と宣伝したと書かれて
います。
さらには都市市民から田舎の人まで知識階層からだれもが日本のために
労働力を絞りとられもっとも苦しんだのはロームシャであった。
彼らは主に軍事施設で日本によって働かされ飛行場、防衛陣地、
鉄道を建設した。強制的に作らされた」とあります。



10 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 18:59:29 ID:2Zf1RoIe
 インドネシア『インドネシアにおける地理・歴史教科書の研究』1977年

 1942年3月、オランダが日本に降伏すると、民衆はいたるところで歓呼して
日本軍を迎えた。日本もまたアジアの諸民族を白人の支配から解放するために
進撃してきたことを宣伝し、インドネシア人は兄弟として人と協力すべきだと主張したのである。
 (中略)
 しかしやがて日本の軍政は、インドネシア人の民族精神への干渉にまで及んだ。
日本の天皇を最高神として崇めさせ、その居住する東京に向かって頭を下げることを強制した。
 (中略)
 3年余にわたる日本の占領は、インドネシア国民の生活のうえに、

むしろオランダ時代にもまさる苦悩をもたらした。

11 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:00:24 ID:2Zf1RoIe
 マレーシア『現代史』中学生用

日本の指導者が兵士に語ったところによれば、彼らは「東南アジア諸民族を
植民地支配から解放するためにきたのである。
西洋植民地支配から解放するために来たのである。
西洋植民地列強の支配下にある全ての諸国に独立を与えたいのだ」と言った。
彼らの望みはこれらの諸国全てを一つの大きな経済協力ブロックに統合することでもあった。
このブロックのことを彼らは大東亜共栄圏と呼んでいた。
しかし、この計画の背後には、自国産業のために東南アジアの
天然資源を押さえておきたいと言う日本の緊急な必要があったのである。



12 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:00:45 ID:2Zf1RoIe
 ビルマ『ビルマ史』高校生用

ビルマ人はイギリスよりいっそう悪い日本帝国主義の悪鬼の手中に知らずして陥ったのである。
 


13 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:01:37 ID:2Zf1RoIe
 マレーシア『歴史』高校生用

 結局のところ、日本占領期は、日本軍の残虐さ、経済的苦痛、
そして常食となったタピオカなどの悪夢として多くの人々に長く記憶されることだろう。
しかし、それと同時に地域住民の中で、英国の威信を低下させることともなった。
また日本は短期間のうちに地域住民、とくにマレー人の政治的自覚を促すことに成功した。
これは戦前には全くなかったことである。



14 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:02:20 ID:2Zf1RoIe
 オーストラリア『世界史』中学生用

 日本の占領は、実際には経済的搾取が狙いであったが、
それでも人々の多くが経験したことのない自治の味を教えた。
 以前のヨーロッパ人が統治していた時にはくらべもつかない日本の暴政の下でも、
以前の状態に戻りたいと言う望みを起こさなかった。
 日本が敗北し、再びヨーロッパ人が戻ってきた時、それぞれの国の国民運動の
核心となったのである。
もはや以前の植民地の状況に戻すことは不可能になった。
日本の占領がそうさせたのである。


15 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:06:24 ID:2Zf1RoIe
 日本占領がもたらした決定的なものは、
東南アジア諸国に民族独立の機運を巻き起こしたことである。

シンガポール『東南アジア史』中学・高校生用

 民族運動に与えた新鮮な刺激を除けば、日本軍政のもたらしたものは
ほとんど全てが否定的なものであったことを忘れてはならない

シンガポール『東南アジア史』中学・高校生用

16 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:14:00 ID:2Zf1RoIe
侵略美化映画へインドネシアから抗議(3月16日追加)
 先日この欄で紹介した日本映画「ムルデカ17805」(下記参照)に、
インドネシアから抗議の声があがっています。
 14日付ロイターの記事です(左のリンク先はヤフー・シンガポール)。
記事は、シンガポールの日刊紙The Straits Times15日にもほぼ全文が掲載されています。
毎日新聞の記事はこちら。ロイターの記事に比べるとだいぶ短いもの。

 東京のインドネシア大使館が、同作品の制作会社に、一部シーンの削除を求めたそうです。
そのシーンとは、老女が日本兵の足に感謝のキスをするものだとか。(そんなシーンがあるんかい!)

 これは事実とは言えず、インドネシア人を傷つけることになる、というのが削除要求の理由。
結局映画制作会社はこの削除に合意したようです。

 しかし、インドネシア大使館は、映画はインドネシア独立の戦いにおける
日本の役割を誇張して描いており、その意味でいくつもの面で不満が残ると指摘。
日本兵がインドネシア独立に加わったことは事実ながら、それは一面に過ぎないと批判しています。

 同作品のプロデューサーであるアサノ・カツアキ氏は「日本が戦争をしなければ、
アジア諸国は自由を獲得できなかっただろう」「日本人は誇りを失っている。
過去の偉大な日本人の姿を見せることで、それを回復したい」と述べています(!)。



17 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:24:55 ID:2Zf1RoIe
http://www.sankei.co.jp/pr/seiron/koukoku/2005/0504/ronbun3-1.html
インドネシア独立運動と日本とスカルノ(1)

元亜関係協会駐日代表 馬 樹禮
訳/文化大学日本研究所所長 陳 鵬仁

【解説】 断交後、台湾の“陰の大使”であった亜東関係協会
(その後台北駐日経済文化代表処)駐日代表を一九七三年から一九八五年まで
つとめた馬樹禮氏は東南アジア通として知られる。氏は公務の間をぬって
インドネシアの独立史を長年にわたって研究し、その成果を「インドネシア独立運動史」と
題する論文にまとめていた。このほど本誌は文化大学日本研究所長の陳鵬仁教授が日本語に訳した全文を入手した。
 インドネシア独立運動に日本の関係者がかかわったことはよく知られている。
国民党の幹部であった馬樹禮氏はこれをどう見ているのか。興味のあるところである。
予想通り日本にきびしい面もあるが、こういう論文にふれる機会はめったにない。
そこで「インドネシア独立運動史」の一部を紹介したい。




18 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:28:38 ID:T3jMNKd1
スカルノ、ハッタ、シャフリルらの対日方針

日本軍は最初、戦争必需品である資源獲得のために、インドネシア人の協力を
求めたのであるが、その強烈な民族意識にぶつかって、どうしても民族指導者起用の
必要性が生じてきたので、スカルノ、ハッタなどが登場したのである。日本軍が上陸した当時、
スカルノはスマトラのベンクーレンに拘禁され、ハッタとシャフリルはパンタル島から
西部ジャワのスカブミへ移されていたが、即時釈放されて、スカルノはジャワへ戻った。

 ジャワ到着後、スカルノはハッタ、シャフリルらと会談したが、その時すでにハッタと
シャフリルは、ジャワの地下反日組織と接触を保っていた。日本軍上陸直前、
オランダ政府からこの地下組織に二万五千ギルダーの工作費がジャリフディンと
ダマウンに渡されていたのである。

 この会談において、スカルノら三人は双方と連繋を保つ方法を決定した。
すなわち一方では公然と日本軍に協力して、民衆の訓練強化をはかるとともに、
他方では地下組織を通じて連合軍と連絡をとり、将来独立する時にその支持を求めるという
方針であった。かくして、前者の工作はスカルノとハッタ、
後者はシャフリルが担当することになって、日本との協力が開始された。



19 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:31:09 ID:RLoKgrqW
この点に関しては、当時もっとも親日分子を憎んだ
反日派のシャフリルの発言は、最も価値があるといえよう。

『追放の余生』という著書のなかで、彼はスカルノ、ハッタと相談した結果、
地上地下の両面作戦を決定したことが詳しく述べられている。すなわち、当時スカルノは、
「日本は純然たるファッショ主義者であるから、われわれは巧みに偽装して、
上べだけの服従をする必要があると述べた」としている。

 続いてスカルノとハッタは、「すべて出来うる限りの合法的手段を利用して、
一方では民族独立運動が公然と発展する機会を与え、他方では地下の反日活動に
有効的な秘密援助を与える」ことに同意した。彼等は日本軍の意図が、
民衆におけるスカルノの名声を利用して、その宣伝目的を果たそうとしたことを知っていたので、
臨機応変の対策によって、「日本人に対する政治的譲歩と交換に、協力の報酬を得ようとした」のである。



20 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:32:09 ID:RLoKgrqW
『スカルノの生活と闘争小史』の著者ユナン・ナスシオンは、同書の結論のなかでこう述べた。

「日本の占領中にスカルノは、表面上日本軍に協力していたが、心のなかでは
日本から何らかの理想的な変革が得られるとは思っていなかった。
彼の目的はこの協力を利用して、その円熟した外交手腕を伸ばし、
インドネシア民族運動にとって有利な手を打とうとしたのである。もし民族運動指導者が
このチャンスをとらえて、うまく対処できなければ、恰も四方八方敵に囲まれているかのように、
戦っても敗れることになるだろう。もし環境に適応して協力政策をとって、
上べだけ日本に服従しているかのように見せかければ、十回たたかれても、
九回は身をかわすことができよう、というのが民族指導者たちの一致した考え方であった」

この点に関しては、スカルノ自身がAP記者に対し露骨にこう述べている。

「どのインドネシア人も、なぜ私が日本人に協力するかを知っていた。日本の目的はもとより
インドネシア人を利用して、侵略の道具に使おうとしていたから、インドネシア民族の独立を
許すという出たら目な約束を何度もやったのだ。ところが最後になって、日本人は逆に
われわれの道具となり、われわれの民族独立という目的が達成された。われわれは
出来うる限りすべてのチャンスを利用して、情勢全般を掌握してきたので、今や世界には
われわれフ手中から、この独立の成果を奪い取るような国家がなくなった」





21 :日出づる処の名無し:2005/04/13(水) 19:33:32 ID:4tDqCx1I
ハッタはどうであったかというと、彼は日本軍が上陸する数週間前に、
その流刑地であるパンダル島でインドネシア各紙に、枢軸国を公然と攻撃し、
連合国軍を支援せよと同国人に呼びかけていた。シャフリルはその著書のなかで
こう述べている。「ハッタは物質的な報酬や、政治的同情によって日本と協力した
人たちとは、絶対に異なる」。彼が日本軍の職務を受け入れたのは、まったく地下組織の
指令によるもので、当時地下組織から革命活動の工作費募金と、地下工作員に旅行の
便利を与える、という二つの任務を与えられていたからである。当時、ハッタと地下組織の
間に立って情報を伝えていたのがジョハン・シャルーザで、公認がアブドル・ハリムであるが、
二人とも知勇兼備の地下工作員であった。

 ハッタと地下反日組織との関係は、早くからジャワの日本軍当局にキャッチされ、
マークされていた。ところが、一九四三年インドネシア中央参議院成立後の十一月に、
スカルノとハディグスマが謝恩答礼使節として日本へ派遣された時に、ハッタも一員として参加した。
当時の日本軍はその機会にハッタを拘留して、帰国できないようにする意向であったが、
東京側はそれと知らずに彼も使節団の一人だと勘違いして、スカルノらと同様に勲章を
授与してしまったので、憲兵隊も遂に手を下せず、彼は無事帰国したとも伝えられている。

「正論」平成17年4月号 論文



22 :日出づる処の名無し:2005/04/14(木) 13:53:45 ID:DGhM9g6I
日本の降伏がはっきりすると、マラヤの人々は歓喜にわいた。みんなにこにこ顔で
握手をし挨拶を してまわり、パーティーがいたるところで開かれた。店ではカタカナを消して
看板を書き直し、家々 では日の丸を投げ捨てた。中国、アメリカ、イギリス、ソ連の
連合国の旗が町になびき、人々はイギリス軍の到来を待った。イギリス軍はようやく
九月三日にペナンに上陸し、シンガポールには五日に到着した。この日、イギリス軍を
迎えるために、港からキャセイビルまで五キロにわたって歓迎の人々であふれた。
「祖国万歳」「大中華民国万歳」「連合国万歳」などと書いた旗やのぽりを持ち、
パレードをくりひろげた。そこには華人だけではなくマレー人も加わっていた。両手を掲げて
手を振っている人々の笑顔がまぶしい(Malaya Upside Down,Singapore;An Illustrated History
 1941 −1984,The Japanese Occupation;Singapore1942−1945)。

さて、イギリス軍を心から歓迎したマラヤの人々は、けっしてイギリスによる支配の復活を
望んでいなかった。マラヤの人々は日本軍政下の苛酷な体験のなかで、自由や正義の
大切さを学び、しかもそれらは誰かに頼ることによってではなく、自らの手で勝ちとらなくては
ならないことを学んだ。シンガポールの小学校の教科書は、つぎのような言葉で日本支配時代の
章を閉じている(The Struggle  For Freedom: Part?T)。

 占領はすべての人にとって大きな苦難であった。しかし、それはある貴重な
教訓をもたらしてもくれた。それは東南アジアの多くの人々の目を開かせてくれた。
これによって日本の支配より西洋の支配の方がまだましだが、自主独立の方が
もっとすばらしいであろうということを、彼らは悟ったのである
(シンガポール日本人会『南十字星』)。


アジアの教科書に書かれた日本の戦争 東南アジア編

マレーシア中学校教科書
「日本人はマラヤを、まるで自分たちの植民地であるかのように支配した。
度は彼らがイギリス人の座を奪ったのだ。
日本の支配はイギリスよりずっとひどかった」


23 :日出づる処の名無し:2005/04/14(木) 13:54:13 ID:DGhM9g6I
国立博物館の壁画

マレーシアの首都クアラルンプールの国立博物館の外壁に、
マレーシアの歴史を描いた巨大な壁画があります。

中国への朝貢時代、ポルトガル・オランダ・イギリスの植民地時代につづいて、
1941の数字のしたに日の丸と2人の兵士が描かれ、
足もとに土下座するマレーシア人の姿があります。

日本の侵略・占領です。日本の教科書から事実が消されても、
相手国の記憶が消えるわけではありません。


24 :日出づる処の名無し:2005/04/15(金) 18:40:22 ID:pauRDW0m
>1
そんなことはみんなわかっているけれど、毎日の生活が苦しいので
手っ取り早い「謝罪賠償」に走っちゃうんだね。 日本政府がしっかり
説明すればいいんだけれど、馬鹿官僚やら宮沢みたいなのがまた、
手っ取り早い人気取りに走っちゃうんだね。 そのうち解釈しやすく
馬鹿大衆に受けるほうが本当に見えてくるんだ。 どっちもどっちだが
英霊の方々には、本当にやりきれなくすまないと思う。


25 :日出づる処の名無し:2005/04/15(金) 18:57:53 ID:/0cN1ul9
>>1
いずれにしろ結果論なんだし、どうでもいいのだよ。

肝心なのは、今の日本人が、過去の日本に対して、胸を張って
「あの時代、あの時に、あの状態は邪心なく、『日本を』どこかの属国にしない為の正当な行動だった」
と理解することだよ。





そもそも、タイ人&留学生なら、誰も彼も全員同一だと思っているのかな?
じゃ、日本人&留学生なら、誰も彼もアメリカ留学時に、硫黄島の話ができるって言うのか?

26 :日出づる処の名無し:2005/04/15(金) 18:59:14 ID:YkaA26Kw
>>1
華僑だろ

27 :日出づる処の名無し:2005/04/15(金) 19:01:07 ID:2Nm/WLJq
だいたい当の韓国人ですら、朝鮮半島は日帝のおかげで
近代化したと言うとるのよ、言論の捻じ曲げはいかんなぁ
呉善花先生や金文学先生の本を読んで勉強しなさい
タイは日本軍に協力して基地を提供していた、タイの軍人達は
何としてでもビルマを討つ事に燃えていたので、すっかり具合が
悪くなって、日本軍も距離をとらざるをえなかった。
だってビルマの独立を容認しましたから色々苦労があったのです

28 :日出づる処の名無し:2005/04/15(金) 20:38:35 ID:FsFX8OE4
日本も良い経験をした これからは中国が台湾を侵略しょうが北朝鮮が韓国を侵略しょうが黙って見るだけにする 他のアジア諸国も勝手にすればいい 日本は日本の未来だけを考えよう

29 :日出づる処の名無し:2005/04/15(金) 20:39:33 ID:96AJdbpy
>>1
嘘吐きは朝鮮人の始まりw

30 :日出づる処の名無し:2005/04/15(金) 20:43:52 ID:UJzCl0VI
なんか色々と書いてくれているんだけど
ソースが一つも付いてないのねw

31 :日出づる処の名無し:2005/04/15(金) 20:44:52 ID:96AJdbpy
>>30
田嶋の手書き資料と同レベル。

32 :日出づる処の名無し:2005/04/16(土) 05:01:21 ID:qHVGBkiy
>>30
アジアの教科書関係は他スレでもなんか貼られてた
ソースみせろといったら
教科書に書かれなかった戦争<梨の木舎>
らしい
ちなみに教科書問題がおきた時に創業して、一冊目が上の本らしい
出す本はアジアとつくやつか人権関係の本ばっかみたい
なぜかコリアン教室もひらいてるw


33 :日出づる処の名無し:2005/04/18(月) 01:04:12 ID:n9vfU+3w
ttp://strawberry.web-sv.com/cgi/up/ia/up9488.jpg

34 :日出づる処の名無し:2005/04/18(月) 17:46:58 ID:dUbRMfLE
Malaysian minister urges Japan to emulate Germany, apologize

Monday, April 18, 2005 at 14:15 JST

KUALA LUMPUR ? A Malaysian government minister has urged Japan to apologize
for distorting the history of its aggression in Asia and to emulate Germany's
openness in acknowledging atrocities committed in the past,
a local newspaper reported Monday.

"We definitely do not agree with Japan changing the history of the war
in its textbooks, and it should apologize for doing this,"
Transport Minister Chan Kong Choy was quoted as saying by The Star,
an English-language daily. Chan called it "totally unacceptable
" for Japan to give its history a "facelift" and to "whitewash its aggression
during the war." Instead, he said, it should follow the example set
by Germany by admitting that its wartime actions were wrong.
(Kyodo News)



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