5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

フランクフルトのゲットー

1 :ろちるど:04/08/18 08:52 ID:VMyxrYRv
被差別から財閥になっちゃった。


2 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 09:18 ID:hIwZtAmE
2ゲットー






>>1
これでいいのか?

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 18:23 ID:SNRXees4
おつかれ3
このスレ意味わからん。
もう二度と来ないだろう。

ごきげんよう。

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 20:59 ID:EGRXYcV0


5 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 21:07 ID:kVla7wvV
【ロスチャイルド】−資料


 ▼ロスチャイルド家の概略史
 19世紀から20世紀にかけてヨーロッパ金融界に君臨した国際的な財閥。
ユダヤ教徒の家柄で、シオニズム運動の発展にも寄与した。
フランクフルト・アム・マインで〈赤い盾Rorschild〉を家号とする両替商マイヤー・アムシェル(1744−1812)はヘッセン伯ウィルヘルム9世の寵を得て、その〈宮廷銀行家〉として急速に富を築いた。
自国の農民を傭兵として売りさばくことで有名だったヘッセン伯のおこぼれにあずかったのである。
 とはいえ、ここではアムシェルはまだ、17、18世紀とくにドイツ諸国に多く見られた〈宮廷ユダヤ人〉の一人、それもそのうちの新参者でしかなかった。


6 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 21:13 ID:kVla7wvV

しかし、絶対君主のために徴収業務を引き受け、あるいは戦費を貸し付け、さらには軍需品の調達を行うなどして重宝がられた〈宮廷ユダヤ人〉の多くが、産業革命とフランス革命の時代に没落していったのに反し、
アムシェルはまさにこの大きな変動の時代にめざましい上昇を果たした。
1806年ヘッセン国の瓦解にあたって、彼はヘッセン伯の巨富を無事ロンドンに移すことにより莫大な利益を得た。
 すでにロンドンに渡っていた彼の三男ネーサン(1777−1836)は同地にロスチャイルド銀行を開き、イギリスの対ナポレオン戦争の戦費を賄うという大事業をやってのけた。


7 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 21:15 ID:kVla7wvV
またパリに移住した五男ジェームズ(1792−1868)はネーサンと協力してフランスにおける王政復古を財政面で支える役割を果たした。
フランクフルトに留まった長男アムシェル(1773−1855)、ウィーンに定住したザロモン(1774−1855)、さらにやがてナポリに居を構えた四男カール(1788−1855)
と合わせてアムシェルの5人の息子達は、それぞれの住む国家の支配体制に密着しながら、
而も家族としての固い絆を維持し、独自の情報網を国境を越えて張り巡らし(ネーサンはワーテルローの勝利の知らせをロンドンで最初に入手した人物であった)、
迅速、確実な取り引き決済によって、ヨーロッパをおおう国際的な一大金融業者になった。
 メッテルニヒ体制を金融面で支えたロスチャイルド家は、1848年革命により痛手を被り、またとくにフランスではナポレオン3世の冷淡な態度とクレディ・モビリエ(動産銀行)などの新型の株式会社銀行の登場により守勢に立たされた。
1860年ナポリのロスチャイルド家は閉鎖され、フランクフルト、ウィーンでも家運は衰退に向かった。
しかしパリではクレディ・モビリエの瓦解後、ロスチャイルド家は再び指導的な地位を回復し、ロンドンでもクリミア戦争での公債引き受け、スエズ運河購入に当たっての金融などで依然として力を発揮した。


8 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 21:16 ID:kVla7wvV
普仏戦争後の講和交渉でフランスの償金支払いを保証し、また早期支払いを可能にしたのもロスチャイルド家の金融力であった。
 19世紀の半ば以降ヨーロッパ各地での鉄道建設及び海運業にも資本参加して、そこでも重要な役割を果たしてきたロスチャイルド家は、帝国主義の時代の開幕とともに、
ロンドンとパリを中心に南アフリカ鉱山業やロシアのバクー油田への資本投下など、国際的な金融資本としての活動をも強めるようになる。
しかしその本領は依然として国家財政への関与にあり、日露戦争でも日本はロンドンの、またロシアはパリのロスチャイルド家にそれぞれ財政援助を要請している。
 それだけに第一次大戦に向けて列強間の対立が激化するに連れ、それぞれの政府に忠誠を誓うロスチャイルド家の結束にひびが入ることになる。
そして1902年にフランクフルトのロスチャイルド家が活動を停止した後は、ロンドンとパリが重きをなすようになった。


9 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 21:17 ID:kVla7wvV
特にロンドンでは今日でもなお金融界に大きな力を振るっている。
 ロスチャイルド家はまたユダヤ教徒の重鎮と目されており、1917年のバルフォア宣言はロンドンの当主ライオネル・ウォルター(1868−1937)にあてられている。
〈ユダヤ人による世界支配の陰謀〉という反ユダヤ主義者の宣伝の中で、ロスチャイルド家はそのような悪の権化とみなされ、1936年ナチス・ドイツのオーストリア占領とともにウィーンのロスチャイルド家は没落を余儀なくされた。
(『平凡社・大百科事典』−「ロスチャイルド家」の項)


10 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 22:26 ID:kVla7wvV
http://www2m.biglobe.ne.jp/~shotaro/no109.html

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 22:44 ID:kVla7wvV
http://members.at.infoseek.co.jp/setonoshorai/juden.htm

3. なぜユダヤ人は多くの国で嫌われたのか?
 
 いくつかの理由をあげることができよう。
 まず、人間には本来異質なものに対する反感を持つ傾向があるようである。ユダヤ人はどこへ行っても、よそ者であり外国人であり異民族であった。
そのような集団が、異なった宗教をもち、さらにその宗教が「選民思想」を掲げた排他的なものである場合には、その反感はなおさら強まるでろう。
一般的に言って、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教など一神教は、排他的、教条主義的、さらには原理主義的傾向を持つことが多い。
しかも昔のキリスト教徒たちは、先に見たようにユダヤ教徒を「キリスト殺し」の民と見なすよう教えこまれていた。
 二番目に、すでに触れたように彼らは優れた才能を持っていたが、人は自分より優れた人間を見ると羨んだり嫉妬したりすることがあるが、
その中に例えばマルクスやトロツキーのような社会主義者、共産主義者、無政府主義者、テロリストなどが含まれていればなおさらであっただろうと考えられる。
 三番目に、ヨーロッパには中世から「ユダヤの陰謀説」が存在した。ペストの際の一般大衆によるデマの流布についてはすでに述べた。
1905年には「シオンの議定書」なる反ユダヤ本が現れたが、その内容は、「ユダヤ人は、悪辣な手段を弄して他民族や国家を腐敗、堕落させ、世界を征服しようと企んでいる」というものであった。
今日の研究によれば、これはロシアの秘密警察がユダヤ人を陥れるために書いたものだとされている。
国家というものは、社会を安定させるために、一般大衆にとっての不満のはけ口を必要とする。日本の被差別部落の誕生に関してもそうであったが、為政者は時に人為的に差別を作り出そうとするものなのである。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/18 23:21 ID:kVla7wvV
 5人の息子たちはヨーロッパの主要都市に支店を出した。そのなかでもっとも成功したのは,パリのジェームスとロンドンのネイサン・マイアーであった。
 1913年イグナシアス・バラは『ロスチャイルド家のロマンス』という本を出版した。そこにはロンドンのロスチャイルドがどのようにして富を築いたかが書いてあった。

 1914年,ネイサン・マイアー・ド・ロスチャイルド男爵は,彼の祖父についての「ワーテルローの物語」は事実ではなく中傷であるとして,イグナシアス・バラの著書を即刻発売禁止にするよう法廷に訴え出た。

 1915年4月1日付『ニューヨーク・タイムズ』は,法廷が「その物語は真実であると裁定し,ロスチャイルドの訴えを退け,彼に法廷費用の全額支払いを命じた」と報じた。同時に,「ロスチャイルドの全資産が20億ドルと推定される」と記している。

 ネイサン・マイアー(すなわち男爵の祖父)は,ヨーロッパの運命が不安定な状態にあったワーテルローへ行き,ナポレオンが戦いに負けそうなのを知って,ブラッセルへ急いで戻った。

 彼はイギリスへの船を借りようとしたが,ひどい嵐のためにだれも船を出そうとしなかった。ある船員が「2000フランだったら連れていってもいい。それだけあれば,万が一の時でも女房にはなにかが残る」と言った。嵐にもかかわらず,彼らは海峡を渡った。

 翌朝,ロスチャイルドはロンドン取引所のいつもの持ち場にいた。彼の顔が青く,ひどく疲れた様子が他の人々にもわかった。突然,彼は大量の有価証券を売り始めた。

 取引所はとっさにパニックに襲われた。「ロスチャイルドが売っている」。「わが国がワーテルローの戦いに負けたことをロスチャイルドは知っている」。

 ロスチャイルドと彼が知っているすべての代理店は,有価証券を市場に投げつけた。ところが彼は,誰も知らない秘密の代理店を使って,密かにすべての有価証券を買っていた。

 たった1日で,彼は100万ポンド近くの利益を確実にした。このことは後に諺になって残っている。「連合国はワーテルローの戦いに勝ったが,実際に勝ったのはロスチャイルドだった」と。

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/2070/174Rothchild.htm

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/19 00:18 ID:NFUOSuzp
フランクフルト・アム・マイン (Frankfurt am Main) は、ドイツ西部の都市であり、ライン川の支流の一つ、マイン川の下流域に位置する。
一般には単に フランクフルト (Frankfurt) と呼ばれることも多いが、ドイツには、旧・東ドイツの側、ポーランドとの国境近くにもう一つの
「フランクフルト」、フランクフルト・アン・デア・オーダー (Frankfurt an der Oder) があるため一般に「アム・マイン」を付して呼ぶ。略記は FFM である。

中世以来、ユダヤ人街(ゲットー)があり、イギリスに移って「ロスチャイルド」と呼ばれるロートシルト家も、この街から出た。
詩聖ゲーテの生まれた町であり、また20世紀後半の資本主義社会の大衆操作の社会の実像を鋭く分析したホルクハイマー、アドルノらのフランクフルト学派は、フランクフルト大学出身の社会学者が中心になった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%83%95%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%B3

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/19 00:28 ID:NFUOSuzp
http://rerundata.hypermart.net/ura/hexagon/texts/textA2F3/a2f1000.html

ユダヤ問題特集
 
(全10章まとめて掲載)

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/19 02:56 ID:6G3/zqcI
日銀副総裁だった高橋是清の軍資金調達に協力した
クーン・レーブ商会のヤコブ・シフのシフ家も
フランクフルト・ゲットーがルーツらしい。
シフ家は舟の看板だったと聞いた。
ちなみにロートシルトは赤い盾
表札みたいなものかな。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/19 03:11 ID:6G3/zqcI
で、偶然にもロートシルトとシフはご近所さんだったと
広瀬隆の「ロマノフ家の黄金」に書いてあった記憶あり。


でも記憶違いかもしれない。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/19 03:37 ID:NFUOSuzp
ロスチャイルド発祥の家は、そのままいまも残っているという。
ユダヤ人区特有の不潔なゴッタ返しの一角、これまたユダヤ人区独特の屋根裏2階、本屋4階という、妙に上にばかり伸びた家並が、文字どおり隙き間なしにひしめきあっている。
その1軒がそれなのだ。
もっとも内部は、2世帯共住の割家屋であったという。
つまり、6つ横にならんだ正面の窓の、右の3つ分だけが、ロスチャイルドの住居だったのだ。
表の扉には、やがてロスチャイルドの名前とともに不朽になった、小さな緑色の楯の紋が、ほとんど人目につかぬほどに打たれている。
 記録によると、フランクフルトでの彼等の家名は、遠く16世紀までさかのぼることができるといわれるが、もちろんロスチャイルド家興隆の機をつかんだのは、一も二もなくマイヤー・アムシェルその人の俊敏さにあった。

(中野好夫著『世界史の十二の出来事』文春文庫)


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/19 03:51 ID:6G3/zqcI
んじゃage

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/20 09:49 ID:bjIUjBv6
金融の元祖って言うけど
アムシェルはオッペンハイム商会にて徒弟奉公の経験がある筈だぞ。
ロンドンではゴールドシュミットが居たし
因みに帝制ロシアにはグンツブルグがいたでしょ


20 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/20 10:48 ID:bjIUjBv6
釣れない…

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/21 10:02 ID:Xsh2CPYj
No.29 「情報の価値」 1996.12.1




 ワーテルローにおけるナポレオン敗北のニュースがイギリスに届くまでに、当時の通信状況では暫くの時間を要した。
この時、特別の伝書鳩を使って、このニュースをいち早く獲得した人がいた。彼はそのニュースをもとにロンドン証券市場で公債を売買し、巨額の利益をえた。これが、ロスチャイルド家の富の始まりだといわれている。

 この話は、情報伝達が不完全な世界において、重要な情報を独占できることがいかに重要な意味をもつかを示している。

http://www.noguchi.co.jp/~nogulabo/archive/yomiuri/yom29.html

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/21 10:17 ID:Xsh2CPYj
おまけ

http://www.shigaku.or.jp/World/oil2.htm

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:04/08/21 15:30 ID:dZ+GUmU/
伝書鳩なのか船なのか実際どっちなんでしょう?

12 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)